レビ記

 今日は26章。申命記の最後やヨシュア記の最後同様に、レビ記の最後にも祝福と呪いが記されている。
 興味深い点は、祝福は「約束」である一方で、災いは「警告]であること。災いが襲ってきた時、振り返って、立ち返り、歩みを整えるならば、次の災いは来ない、と読める。しかし、警告が与えられたにも関わらず、それに耳を傾けないならば、最後には捕囚へと進んでいく。まさに、伝道の書である。「順境の日には楽しめ。逆境の日には考えよ」(6:14)。主は警告を与え、立ち返るチャンスを備えてくださる愛の神である。
 それとともに、やはり、この世界は秩序ある世界、moral universeである。主が創造された世界の中に秩序がしっかりと埋め込まれており、主に従う歩みと主の報いが、絶えず結び付いている。もちろん、正義の実行が伸ばされることはあるが、主は最後にはつじつまを合わせられる。そんなことが書かれている。
 レビ記も後一章。少し早めに出してくれ、と言われているので、今週中にはなんとかしたい。予定では、金曜日に最後の一章を書き、土曜日に全体を見直し、日曜日に新聖歌を決めれば、送れるはず。