五書、歴史書の預言者たち

 旧約聖書には15の預言書があり、預言者たちの言行がそこに記されています。しかし、旧約聖書に登場する預言者は預言書だけに留まりません。すでに学んできた、五書や歴史書にも数多くの預言者たちが登場します。今回は、彼らの姿を概観することによって、預言者がどのような働きをしていたかを見ていきましょう。
 
I. 預言者モーセ
 創世記では、アブラハム預言者と呼ばれています(創世記20:7)。彼がアビメレクのために主へのとりなしの祈りをし、その祈りに主が答えられたからです。つまり、主と誰かの間の仲介者をここでは預言者と呼んでいるのです。
 五書において最大の預言者モーセです(申命器18:9-22)。当時、民は神々とのなんらかの関わりをもって生活をしていました。ところが、律法において、主は占いなどによって神々と接触することを禁じています(18:9-14)。それでは、どのようにしてイスラエルの神である主のみこころをイスラエルは知ることができるのでしょうか。主はモーセ預言者として立てました。それは、シナイ(ホレブ)において、イスラエルの民が神の声を直接聞かないことを願い(18:16)、このことを主が受諾されたからです(18:18)。そこで、預言者の働きに主から任命されたモーセは、主からそのことばを頂き、それをことごとく民に語る責任が委ねられました(18:18)。モーセは主の言葉の仲介者でしたから、主から語られたことばだけを、何かを付け加えることをせずに、伝える責任をモーセは負っていました。さらに、主からイスラエルへのメッセージだけではなく、主に民の祈りや願いを伝える働きもモーセだけに限定されていました。こうして、主と民の間を結びつける唯一の仲介者の働きを預言者モーセは果たしていたのです。
 
II. 預言者サムエル
 イスラエル王国創設にかかわったサムエルも預言者であり、先見者とも呼ばれていました(9:18)。シロにあった主の祭壇に仕える祭司エリに仕えていたサムエルは、当初、祭司の働きをするように整えられていました。しかし、主は子どもであったサムエルを特別に召し、主のみこころを民に告げる預言者の働きにサムエルを就かせました(サムエル上3:1-18)。
 ペリシテ人との戦いにおいて、サムエルは、イスラエルの全家が主に立ち返り、偶像を捨てるようにと勧めました(7:3)。そして、彼は民のために主に祈り、主はその祈りに答えられました(7:5-11)。彼の仲介者としての働きは、王を立てることを願うイスラエルの声に応えて主に祈り、主からの答えを民に告げた点(8:4-22)にも見いだすことができます。さらに、彼は主の命に従ってサウルを王として任命しました。この時、主はサムエルに語られ(9:15)、サムエルはサウルに彼に告げられた主の言葉を伝えました(9:27-10:8)。つまり、主とサウルの仲介者として、サムエルは働いたのです。なお、ダビデを王として選ぶ時にも、サムエルは同様の働きをしています。
 
III. 預言者ナタン、先見者ガデ
 ダビデに仕えた預言者の中で、二人の名が記されています。ナタンとガデです。
 預言者ナタンはダビデの王宮に深く関わりをもっていました。そして、王に対して助言を与える補佐官のような働きをしていたようです。たとえば、エルサレムに神殿を建築する、とのダビデの提案を聞き、それに対する主の応答をダビデに伝えたのはナタンです(サムエル下7:4-17)。この時、主はナタンに幻を与え、神殿を建てる必要がないことを示唆した上で、ダビデ王家を堅く建て、それを長く保つという主の約束をダビデに告げるように命じました。なお、ダビデがナタンから主の言葉を聞いた後、自らが主に祈っていること(7:18-29)から考えて、主への祈りについては預言者が独占している訳ではないことがわかります。さらに、ナタンはバテシバの件で主の言葉を軽んじたダビデに、厳粛な主のさばきを伝えました(12:1-15)。さらに、ソロモンが王位を継承することを強力に推し進めた人々の中に、預言者ナタンは含まれています(列王上1章)。
 ダビデに仕えたもうひとりの預言者ガデは、先見者とも呼ばれていました(サムエル下24:11)。彼は、ダビデがまだイスラエルの王でなかった時代にも、彼を支える預言者として働き、モアブにいるダビデに対しユダの地へ戻るように勧めています(サムエル上22:5)。ダビデの晩年、彼がイスラエルとユダを数えることによって主に罪を犯した時、主からの厳粛な審判をダビデに告げ、さらにダビデの願いを主に祈り、最後にはアラウナの打ち場を買い取って、そこに祭壇を築き、将来の神殿建設に備えるよ、と言われた主の言葉をダビデに伝えました(サムエル下24:10-25)。
 
IV. 預言者エリヤ、エリシャ
 列王紀には数多くの預言者が登場しますが、特に目立つのはエリヤとエリシャでしょう。彼らは北王国のオムリ王朝がフェニキアとの関わりの中で繁栄し、かつ偶像崇拝に走った時代、そして、クーデターによってエヒウが新たな王朝をはじめた時代の預言者です(紀元前9世紀)。
 エリヤは、北王国の王であるアハブに対する主の厳粛のさばきの宣告をもって、登場します(列王上17:1)。彼は王宮に対してつねに批判的な言動を行い、絶えず王と対立していました(たとえば、ナボテの畑を略奪したアハブに対する批判など[21:17-24])。ですから、アハブはエリヤを殺そうとねらっていました(18:10)。また、王宮に仕えていたバアルとアシラの預言者たちと対立する形で、エリヤはカルメル山において対決を行っています(18:17-40)。この対決において、神がその祈りに応答してくれる本物の預言者、仲介者は誰であるかが、問われていました。主がエリヤに答えられた結果、エリヤこそが本物の仲介者であり、エリヤの神である主が本物の神であることが明らかにされました(18:39)。エリヤの預言者としてのもう一つの特徴は、主の声を直接聞くことができる、モーセのような特別な存在であったことです。ですから、四十日四十夜の行程の後、エリヤはホレブ(シナイ山)に着き、静かな細い声で主で語られた主の計画を聞くことができました(19:8-18)。アハブの子アハジヤの死の予告も(列王下1章)もエリヤの預言者としてのこの特徴を表しています。
 エリシャもエリヤ同様に北王国の王に対しては批判的な態度をとっていました。ですから、モアブの王メシャが北王国に反乱を企てた時、主のみこころを聞いてくれとヨラム王に依頼されましたが、エリシャはその申し出を一度は断わりました(列王下3:12-20)。また、エヒウ王を倒すために主が選ばれたエヒウの所に預言者の仲間の1人を送り、彼に油を注いで王とし、彼に主の言葉を伝えるように命じました(9:1-13)。その一方で、エリシャは北王国とスリヤとの戦いにおいて、主から与えられたスリヤ軍に関する情報を北王国の王に伝え、王の軍を助けました(6:11-12)。さらに、エリシャの死の直前、エリシャの所を訪れたヨアシ王(エヒウの孫)にスリヤに対する勝利を約束しています(13:14-19)。このように、エリシャは王に対して時には批判的に、時には協力的な態度を示していることがわかります。そして、エリシャの生涯の後半では王朝がアモリ王朝からエヒウ王朝に変わったからでしょう、王宮により近い位置にエリシャは留まることとなり、主の言葉を王たちに王たちに告げることによって、北王国が宗教的に改革されることをエリシャは求めたようです。