ルツ記1章

 
a. アウトライン
 
I. 序論:ナオミの状況(1:1−5)
  A. ベツレヘムからモアブへ(1−2)
  B. エリメレクの死と二人の嫁(3−4)
  C. 二人の息子の死(5)
II. ナオミのベツレヘムへの帰還(1:6−22)
  A. 出立(6−7)
   1. ナオミの嫁たちとの出立(6)
   2. 帰還の途上(7)
  B. 二人の嫁との会話(8−18)
   1. ナオミのことば(8−9a):自分の母の家に帰れ
   2. ナオミと二人の対応(9b)
    a. ナオミの口づけ
    b. 三人の行動(声を上げ、泣く)
   3. 二人のことば(10):あなたと共にあなたの民の所へ
   4. ナオミのことば(11−13):跡継ぎの希望はない、主は私を苦しめた
   5. 二人の対応(14)
    a. 三人の行動(声を上げ、泣く)
    b. オルパの口づけ
    c. 対照的なルツの行動
   6. ナオミのことば(15):オルパのように帰れ
   7. ルツのことば(16−17):あなたと共に行く
   8. ナオミの対応(18)
  C. 到着(19−22)
   1. 到着(19a)
   2. 到着時の町と女たちの対応(19b)
   3. ナオミのことば(20−21)
   4. ナオミはルツと共に住んだ(22)
 
 ナオミと二人の嫁との会話(1:8−18)には転回点がある(11−13)。しかし、この転回点はオルパにとっての転回点であり(ナオミについていく決意から母の家に帰る決意への転回点)、ルツにとっては転回点になっていない。むしろ、ルツのことば(16−17)がナオミにとっての転回点(嫁に自分の母の家に帰ることを勧めることから彼女に語ることをやめることへの転回点)となっている。オルパとナオミは途中で態度を変化させている。しかし、ルツは一貫してナオミについていくことを選んでいる。嫁姑の関係は押しつけられていない。態度の変化の有無の観点からも、ルツと他の二人の女性の相違点が対比されていることもわかる。
 
b. 解説
 
 モアブからベツレヘムへの帰還はナオミの意志に基づいている(1:6)。彼女が聞いた情報(主がその民を訪ねられた)に基づいて、彼女は帰還を決定した。主の訪問に対するナオミのポジティブな態度がここには想像できる。もちろん、1:5に描かれている二人の息子の死(ネガティヴ)が直接的な原因でもある。このように、モアブからの方向転換(「帰る」)はナオミがあくまでも主体である。そして、二人の嫁はナオミについてきたにすぎない。彼女たちはあくまでも消極的にモアブからの帰還に関与している。
 1:8−9aでナオミは二人の嫁に対して意思表示を行っている。彼女は二人への命令と主の祝福を祈っている。さらに、彼女は主が打ったのはナオミであって、二人の娘たちではないと宣言している(1:13)。つまり、ナオミについてくることによって娘たちが苦難にあう必要がないとナオミは宣言している。消極的な関与である嫁たちが、姑嫁という結びつきから自由になるチャンスをナオミが与えているとも読める。
 
 1:14に見られるルツとオルパの対比は大変意図的なものである。声を上げ、泣くのは三人である。しかし、最初のナオミのキス(1:9)に応えて、別れのキスをするのはオルパだけである。さらに、「しかし」と接続詞が加えられ、ルツとオルパの行動の違いが明示されている。オルパは帰還に関して最後まで消極的な関与であった。しかし、1:14を境に、ルツが帰還に積極的に関与する意志がある点が明らかになる。
 ルツとナオミの違いにも注目すべきである。1:16を見ると、ルツはナオミとの関係を強調している(「あなたの・・」)。その一方で、ナオミは自分の子どもと娘たちの関係を協調している(1:11-13)。もちろん、ナオミは「家族」、ルツは「個人」を考えていたという単純な分類は当時の文化状況を考えた時、ふさわしくない。ナオミは「家の継続」を考えている一方で、ルツは家族の一員という係わりの中での身寄りのない母親に対する責任を考えているようにも思える。どちらも、家族中心の文化の中での、違った対応である。
 
 1:21には、ナオミの自己理解がベツレヘムの女たちに述べられている。しかし、注意深く読むと、ナオミの自己理解は適切なものであるのか、疑問が残る。
 まず、自分たちはたくさんのものをもってモアブへ行ったと語っている。しかし、彼女一家がモアブへ行ったのは、飢饉が原因である。飢饉が原因での逃避だと考えると、ナオミの理解が適切であるのか疑問を感じる。次に、ナオミは主が「からて」で彼女を帰されたと行っている。しかし、これまでの物語の流れから考えると、ナオミは自分の意志でモアブの地から帰ってきたはずである。従って、ここでのナオミの強調点は「主が帰された」ではなく、「主がからてにされた」という点と理解すべきだろう。すると、ナオミが「ルツ」と伴って帰ってきたという点に対して、ナオミの認識の欠如が明らかになる。モアブの女とはナオミにとって価値がない存在であったのだろう。さらに、彼女自身がオルパを去らせた点からも、「からて」はあくまでも彼女の意志に基づくのではないか、と疑問が生まれる。また、ナオミが豊かなみのりの地に帰ってきたことも忘れられているように思える。最後に、ナオミは自分が主からひどい苦しみを受けていると理解している。しかし、主がナオミに対して行っていることは、ナオミが思っているほど単純な「苦しみと祝福の二者択一」ではない。
 以上の事から、ナオミの自己理解は、信頼できる情報として一〇〇%受け入れる必要はない。心理学的に読む必要はないが、かなりの一方的で、単純な理解である。現実はもっと複雑で、積極的であった。