小説の読み書き (岩波新書)

小説の読み書き (岩波新書)

小説の読み書き (岩波新書)

 日本語の本はすぐ読める。小説家が小説を読み、時にはclose readingを、時にはnarrative readingを、時にはdeconstructionをしている。注意深くテキストを読み、テキストの特徴とその問題点に目を向けることを教えてくれる本だと思う。圧巻は太宰治の「人間失格』。名も無い小説家と、その小説家が書いている主人公である大庭葉蔵が全く同じ文体を用いている、という発見から、名も無い小説家の視点と彼が「狂人」と称する男の視点が融合してしまう、という観察。また、山本周五郎の「青ベか物語」では、物語の途中に出てくるひとりの青年はいったい誰であるのかを、注意深い観察から読み取っている。三島由紀夫の「豊饒の海」では、『数珠を繰る時に聞こえる音」をだす蝉とはいったいどのような蝉か、という疑問を延々と考えている。物語の本筋に関係ないようだが、注意深く考えると大きなテーマに関わるような内容を、じっくり読み上げているのはさすが小説家と言えよう。